
■ドッジボールは“死語”? 時代の変化を実感
ここ数年、子どもの運動能力が落ちているというニュースを見聞きします。スポーツ庁は毎年、小学5年生と中学2年生を対象に50メートル走やボール投げなどの項目で体力や運動能力を調査しています。今年度は中学生男子が新型コロナウイルス感染拡大前の数値を上回ったものの、小学生は男女ともに低下傾向が続いています。
私は野球塾「Amazing名古屋校」で日頃から小学生を指導していて、スポーツ庁の調査結果に納得できる部分があります。野球塾に来る子どもたちは運動に積極的なタイプが多いです。それでも、1つの動きしかできず、動きのバリエーションが少ないと感じます。これは、遊ぶ機会の減少が要因だと考えています。
私は2月で30歳になりました。石川県出身なので都市部で生まれ育った人たちと環境が違うのかもしれませんが、小学生の休み時間はグラウンドや体育館でドッジボールや鬼ごっこをしていました。放課後や休みの日は公園に集まって野球で遊ぶのが日常でした。
ただ、野球塾に来る子どもたちと話をしていると、休み時間を教室で過ごしたり、学校が終わってからは自宅で過ごしたりするケースが多いです。振り返ってみると、子どもたちからドッジボールという単語を聞いたことがないかもしれません。私が小学生の頃の遊びと言えば、ドッジボールが定番でした。
■子どもの運動機会減少 動きの種類や空間認知能力が低下
どちらの時代が良い悪いという問題ではなく、運動する習慣がなくなった影響は野球の動きにも表れます。バットやグラブといった道具を扱う野球独特の競技性以前に、子どもたちは自分の体を上手く操作できていません。これは能力ではなく、経験の差です。
例えば、上半身だけひねる動きを教えても、首や顔、腰が一緒に動いてしまいます。誰でも不慣れな動きをするのは難しいんです。遊びを通して色んな動きが自然と身に付きますが、体を動かす習慣がなければ動きの種類が限られてしまいます。
空間認知にも影響が出ます。野球は物体の位置やスピードを把握する「空間認知力」が重要なスポーツです。投球のコースや高さ、速さに対応できなければ打ち返すことはできません。ゴロやフライの捕球も空間認知能力が問われます。
私たちの野球塾では空間認知を向上させるメニューも組んでいます。例えば、キャッチボールのように向き合って、指導者がスクール生に向かってボールをバウンドさせます。指導者はボールの速度や高さに変化をつけて、バウンドの仕方を変えます。一方、スクール生はどんなボールでも、ショートバウンドやツーバウンドなど指導者が指示した方法で捕球します。

■経験で改善する運動能力 不慣れな動きを練習
スクール生に初めて挑戦させると、半数くらいは上手くできません。バウンドを待ちすぎたり、突っ込み過ぎたりしてしまいます。ただ、繰り返し練習していると、どの辺りでバウンドするのか感覚がつかめてきます。経験して慣れれば、誰でもある程度できるようになります。
バウンドするボールが来ると分かっていて捕球できない子が、打者を抑えようとしている投手のボールにタイミングを合わせて打てるはずがありませんよね。野球塾では基本的な運動能力を磨くメニューも取り入れています。
動きのバリエーションを増やす練習には、右投げの子が右手で捕球したり、右打ちの子が左で打ったりするメニューもあります。できるだけたくさん馴染みのない動きを経験してもらう狙いです。
上のレベルに行くと分かってきますが、打撃であれば複数の打ち方が必要になります。体の成長やコンディション、相手投手のタイプや打席に立った時の場面などによって、打ち方を変えていける選手が結果を出す確率を高められます。体の動きや打ち方が限られると、それだけ安打の確率は下がってしまいます。
■動きの正確さは二の次 自宅で親子一緒に
小学生世代で大切なのは間違った動きや打ち方をしていても、過度に気にしないことです。今までと違う体の使い方や打ち方をするだけで、動きのバリエーションは増えます。その引き出しが今すぐにではなくても、中学生や高校生になった時に生きてくるからです。
野球塾ではスクール生だけではなく保護者にも「動きが合っているか間違っているかは大きな問題ではない」と伝えています。そして、スクール生の練習を見ている保護者は多いので、あえて聞こえる声の大きさでスクール生に動きのポイントを説明してから「覚えている範囲で構わないから家に帰ってからやってみて」と勧めます。そうすると、保護者も内容を覚えて自宅で子どもの動きを確認しようする意識が芽生えます。子どもたちは正しい動きを覚えやすいですし、親子の会話にしてほしい気持ちも込めています。
最近の子どもたちは運動能力が低いと指摘するのは簡単です。ただ、その理由は子どもたちに原因や責任があるわけではありません。昔と比べて遊ぶ時間や場所が限られ、動きの幅を広げる機会が少ないためです。経験する場を大人が増やしていけば、運動能力も野球の技術も上がっていくと考えています。